坂井元昭の経歴  なぜ、わたしが市政へ?

習志野に生まれ育ち、
   商いを続けられた感謝から

戦中、戦後の混乱の中では、町の方々、屋敷や鷺沼の農家の方に大変お世話になって生きてこられました。
生活のために懸命に働いていたものの、途中身体を壊し、ブランクが生じました。しかし、家族や良き友人たち、商店主、お客様の方々に恵まれて現在のわたしがあります。
66歳になったからこそ見えてきたもの、これまでの人生で得たもので町に貢献できるのでは。

習志野に生まれ、育ち、商いをしてこられた感謝から、わたしは政治に携わっていく決心をしたのです。

趣味 蓄音機、SPレコード、郷土史、ヤフーオークションで戦前の習志野に係わる、地図、絵葉書など集めてます。
想い出に残る映画 「二十四の瞳」「警察日記」「エデンの東」最近では山田洋次監督「学校T、学校U」
好きな人 伊能忠敬、渋沢栄一、藤田西湖(最後の本物忍者)

藤崎地区の水害対策に関わって

藤崎地区及び津田沼地区の二十年前は、毎年、道路冠水、床下、床上浸水被害が頻発するようになりましたが、市には予算が無い。
そのとき私は、「水害対策委員会」の発起人(岩崎アケさんと私)としてこの事業に参加しました。地元の大勢の委員さんのご協力、その中でも岩崎アケさんが浜田幸一議員に直談判し、100億もの予算を獲得したことで、二十年はかかると言われていた本格下水道が完成しました。

土手は普通のコンクリート壁の予定でしたが、当時の市の下水道建設担当A氏K氏等の尽力で、今のような立派な景観になりました。
地元のみなさんとの協力、市への働きかけ、という具体的な事業を成し遂げたことは、私の人生の貴重な体験でした。

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